米作りの今と昔。変わらない「想い」と進化した「技術」

本質的なものを忘れない中に、新しく変化を重ねていることもあります(^^)/美味しさを追い求め進化しています!!

棚田や畑
棚田や畑

今と昔、結構お米作りは変化しています!!

昔の米作りは「家族みんな」の総力戦

むか~し、むかし、米作りは、それはもう大変な重労働でした。
すべてが手作業。
田植えも稲刈りも、親戚や近所の人たちが総出で助け合って進めていました。
腰をかがめて一本ずつ苗を植えていた頃の苦労は、今の私たちには想像もできないほどです。

頼もしい相棒!「農機具」の登場

ところが、時代とともに便利な機械が登場しました。
具体的には、 田植機やコンバインが普及したことで、素晴らしい機械が私たちの「相棒」です。
機械のおかげで、昔は何日もかかっていた作業が数時間で終わるようになりました。

しかし、 変わったのは効率だけではありません。
実はそれ以上に、

例えば・・・
昔は天日干しが主流でしたが、今は最新の乾燥機で、一番美味しい水分量をピタリと保つことができるようになったんですよ。

つまり、 手間が減った分、私たちは『どうすればもっと美味しくなるか』という工夫に、より多くの情熱を注げるようになったというわけですね。

機械を操る手には、今も昔も変わらない「丁寧に、丁寧に」という気持ちが込もっています。

牛を使って田おこし
牛を使って田おこし

農家の一年のスケジュールから大きいところをご紹介。

田おこし、代掻き」の進化

江戸時代人の手により鍬(くわ)や鋤(すき)を使っておこないます。
昭和30年代~人の力以外に牛や馬を使って田おこしするように。
昭和40年代~耕運機(こううんき)という機械が登場。
平成元年~トラクタによって田おこしが行われるように。代掻きもトラクタで行われます。
令和4年(現在)トラクタは大活躍。生産技術の発展から、代(しろ)をかかずに田植え前の田んぼの整備完成なんて技術も。弊社も取り入れてます。
田おこし、代掻きにおける次代の変化(令和4年現在)
手作業で田植え
手作業で田植え

田植え」の進化

江戸時代家族総出、隣近所の人たちもみんなで力を合わせ手作業で苗を植えていきます。
昭和30年代~手作業で植えていきます。のちに田植定規という五角形の木枠を田んぼにころころと転がし十字の跡を付け真っ直ぐ植え付けできるように考え出されました。
令和4年(現在)田植え機を使って田植えをします。近年はドローン技術の発達よりドローンにて種を田んぼに直に蒔いて発芽させる方法も取り入れているかたもいます。
田植えにおける次代の変化(令和4年現在)
手作業で稲刈り
手作業で稲刈り

稲刈り・乾燥」の進化

江戸時代鎌を使って人の手で刈り取ります。刈り取った稲はハザといわれる木にかけ乾燥させます。その後、乾燥したら「こきばし」という道具を使ってモミをとります。
昭和30年代~変わらず手刈りで稲を刈り取ります。自然乾燥させ、脱穀機という機械で稲からモミを外します。
令和4年(現在)コンバインで稲刈りから脱穀までが行われます。その後大きな乾燥機に投入し適した水分量になるまで乾燥させます。
稲刈り・乾燥における次代の変化(令和4年現在)
刈り取った稲はハザ木にかけて乾燥
刈り取った稲はハザ木にかけて乾燥

機械が運んできた、新しい米作りのカタチ

昔は村中で助け合って行っていた田植えも、今は高性能な機械が主役です。とはいえ、
機械にすべてを任せきりにするわけではありません。
というのも、
土の具合や水の冷たさを感じるのは、今も昔も変わらず人間の役目だからです。

変わったのは「道具」、変わらないのは「心」

道具はどんどん便利に、新しくなっていきます。

しか~し!!!
13代目が一番大切にしている

という想いは、
13代前からずっと繋がっている宝物です。

(現代)田植え機を使って田植え
(現代)田植え機を使って田植え
(現代)コンバインを使って稲刈り
(現代)コンバインを使って稲刈り

振り返るとずいぶんと人の手から機械化へと技術が発達し、

米作りの便利性が上がっているようにも思えます。

しかし、

機械化が進んでも、人の目、長年培ってきた勘、条件の悪い田んぼではまだまだ人の力が不可欠など、現在も米作りは重労働であることは確かです。

でも、食べてくれる人が「おいしい」と言ってくれる、
その一言のおかげで頑張れている気がします。

未来の14代目に繋ぐために

昔の知恵に学び、新しい技術を取り入れる。
それはすべて、次世代の子どもたちが「この地でお米を作りたい!」と思える未来を作るためです。一歩ずつ、でも着実に、村上の田んぼを守り続けていきます。